大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和30年(ワ)1222号 判決

原告 大阪銑鉄鋳物工業協同組合

被告 酒井建設工業株式会社

主文

被告は原告に対し金一、四〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三一年四月一〇日以降支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金四七〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告は主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

「被告の岡山出張所長中島陸一は昭和二九年七月二五日前川鋳工造機株式会社宛に

(1)  金額五〇〇、〇〇〇円、満期昭和二九年一二月二五日、支払地振出地ともに岡山市、支払場所株式会社中国銀行本店、振出日白地

(2)  金額六〇〇、〇〇〇円、満期昭和二九年一一月二五日、その他の手形要件(1) と同一

(3)  金額三〇〇、〇〇〇円、満期昭和二九年一〇月二五日、その他の要件(1) と同一

とした約束手形各一通を振出し、受取人前川鋳工造機株式会社はその頃右各手形を原告に譲渡した。よつて右三通の手形の所持人となつた原告は、昭和三一年四月九日の本件口頭弁論期日においてその振出日を昭和二九年七月二五日と補充したから、被告に対し右手形金合計一、四〇〇、〇〇〇円及び右各手形の振出日を補充した日の翌日である昭和三一年四月一〇日以降支払済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と述べ

被告の答弁に対し、「被告の岡山出張所長中島陸一が、被告から営業に関する包括的代理権を与えられていなかつたとしても、右岡山出張所は名は出張所であつても実質上は支店と異らないから、その主任者である出張所長という名称を使用した使用人は支店の支配人と同一の包括的代理権を有するものである。そうだとすると、右岡山出張所長中島陸一名義で振出された本件各手形について被告に手形上の責任がある。仮にそうでないとしても、被告が中島陸一に対し被告の岡山出張所長名義の使用を許容したことは、第三者に対し、被告の岡山出張所に関する営業一切の代理権を同人に授与した旨を通告したものと見るべきであるから、中島陸一に手形振出の権限がなかつたとしても、被告は民法一〇九条により本件各手形金を支払う責任があるし、又中島陸一は本件各手形を被告の岡山出張所長名義で振出したこと前記の通りであり、被告は中島陸一に或る範囲の営業に関する行為をする権限を与えていたから、原告は中島陸一が被告の代理人であると信じ本件各手形を取得したものであり、しかもそのように信じたのに正当の理由があるから、被告は民法一一〇条により本件各手形金の支払義務がある。」と述べ、

予備的請求の原因として、「本件各手形は被告の使用人である中島陸一が過失により個人として振出す約束手形に、第三者をして被告振出の手形であると信じさせるような被告の岡山出張所長中島陸一名義を使用して振出した為、原告は被告振出の手形と信じて本件各手形を取得したところ、いずれも不渡となつて右手形金相当額の損害を被つた。右のような場合は被告の使用人がその業務の執行につき過失ある行為により第三者に損害を加えた場合に該当するから、被告は使用者として原告に対し右損害を賠償する責任がある。」と述べた。

〈証拠省略〉

被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、「原告主張の事実中中島陸一が昭和二九年七月二五日当時被告の岡山出張所長に在任したことは認めるが、その余の事実は否認する。仮に中島陸一が原告主張の各手形を振出したとしても、被告は出張所長に対して手形振出の権限を与えていなかつたし、被告の営業の範囲に属しない農機具の買受代金支払の為に振出したものであるからそれは代理権を有しないもののした振出行為であつて、本人である被告に何等の責任はない。

と述べた。

〈証拠省略〉

理由

中島陸一が昭和二九年七月二五日当時被告の岡山出張所長に在任していたことは当事者間に争がない。

証人前川謙一の証言により裏面の成立を認め得る甲第一乃至第三号証の記載、成立に争のない乙第三号証、右証言及び証人中島陸一の証言を総合すると、中島陸一は昭和二九年六月二一日まで日和農機株式会社の社長を兼ねていたが、その頃同会社が前川鋳工造機株式会社から耕耘機を買受けるに当り、前川鋳工造機株式会社の被告振出の約束手形で代金の支払を受けたいとの要請に応じ、たまたま自己が被告の岡山出張所長の地位に在るのを奇貨として、右代金支払の為に、昭和二十九年七月二五日前川鋳工造機株式会社宛に原告主張の(1) 乃至(3) の約束手形を振出し、前川鋳工造機株式会社はその頃割引金を得て右三通の手形をいずれも原告に裏書譲渡したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして前示甲第一乃至第三号証の本件手形の振出人として岡山市巌井富新町二〇二、酒井建設工業株式会社岡山出張所、所長中島陸一とした記載は外観上被告の岡山出張所長が自己の為にではなく被告の為に手形行為をしたと認めるに欠けるところがない。

そこで中島陸一が被告の岡山出張所長として被告の為に手形の振出をする権限があつたかどうかについて考える。

成立に争のない乙第二号証、証人中島陸一の証言によると、被告は本店を東京都文京区に置く土木建築請負業を営むことを目的とする会社であるが、岡山県知事に対し被告の岡山出張所名義で土木建築請負業者の登録をしており、被告の岡山出張所では本店と独立して二〇〇万円以下の請負契約を締結し、その為に必要な或る程度の資材の購入、代金の支払、使用人の雇入等をなし得たもので、実質的には支店と同視すべき実体を有していたことがうかがえる。右証人の証言中右認定に反する部分は信を置けず、

他に右認定に反する証拠はない。

そして、商法第四二条の規定によると、支店の営業の主任者であることを示す名称を附した使用人は支店の支配人と同一の権限を有するものとみなされる。従つて中島陸一は被告会社の支店の支配人と同一の権限を有し、被告の営業に関する裁判外の一切の行為をする権限を有するから、その営業に関し手形を振出す権限を有するものというべきである。

被告は出張所長には手形振出の権限を与えていなかつた旨主張するが、右のような制限は被告の内部的な代理権の制限であつて、しかも原告において右制限を知つていたとの証拠は何もないからこの点の被告の主張は理由がない。

被告は本件手形は被告の営業の範囲に属しない行為の為に振出されたものであるから支払義務がないと主張し、中島陸一が被告の営業の為に本件手形を振出したものでないこと前示の通りであるが、中島陸一が被告の為に手形振出の権限を有する以上その権限を乱用して本件手形を振出したとしても、その為被告が手形上の義務を免れ得るものではないし、原告が右権限乱用の事実を知つて本件手形を取得したとの主張も立証もない本件においては被告は本件手形の支払義務がある。

ところで、原告は昭和三一年四月九日の本件口頭弁論期日において前示(1) 乃至(3) の各手形の振出日を真実の振出日である昭和二九年七月二五日と補充したことは記録上明らかであるから、他の点の判断をするまでもなく、被告は原告に対し右手形金合計一、四〇〇、〇〇〇円及びこれに対する右手形要件補充の翌日である昭和三一年四月一〇日以降支払済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

よつて原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 中島孝信 松浦豊久)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例